コラム3

判例などでよく出てくる受忍限度とは?

マンション建築時にある騒音・振動、日照妨害などを争う裁判で度々出てくる受忍限度という言葉があります。

受忍限度とは、騒音や振動などで生活妨害を受ける側の人が、社会共同生活上この程度までは我慢すべきだと判断される範囲の事です。

騒音・振動・臭気・粉塵・日照妨害・電波障害などは、近隣の人の生活に悪影響を与えるもので生活妨害と呼び、民法709条がいう「他人の権利又は法律上保護される利益」の一種であります。しかし、生活妨害の問題では、妨害を発生させている側の行為がそれ自体は適法ないし有意義な事業行為である場合が多いという特徴があります。そのため、少しでも生活妨害が発生していれば損害賠償や差止の対象になるというということでは社会生活上好ましくありません。この点を調整するための概念として判例が古くから用いているのが受忍限度論です。

一般に、騒音などの被害が社会生活上の受忍限度内にあるか否かの判断は、「侵害行為の態様や侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過および状況、その間にとられた被害防止に関する措置の有無およびその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して決せられる」とされています。(最高裁判所平成6年3月24日判決)

騒音などで被害を被ったからといってそのすべてが補償の対象になるという訳ではなく、上記のようにいろいろな観点から総合的に判断されるという事ですね。

コラム4

隣接地の老人ホーム建築工事中に発生した騒音、振動の被害を理由とする損害賠償請求が棄却された事例

Aらが居住するマンションに隣接する敷地に有料老人ホームを建築した建築主B社と本件老人ホームの設計及び建築を請け負ったC社に対し、騒音・振動等の被害を被ったとして不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟がありました。

背景
Aらは本件老人ホームを建築中の収音マイクの位置が、騒音振動規制法に定められた場所ではなく、意図的に数値を低くするため設置場所を操作した。また収音マイク設置場所と各くい打ち地点に最も近い境界線上の距離との距離差を基に騒音減衰状況を計算すると規制基準の80デシベルを大きく超えていると主張。B及びC社は収音マイクの設置場所は適法であり、数値を意図的に低くする意図はない。また規制基準を超える音が出ることはあったとしても、突発的なものであり法規制を破るようなものではないと争った。

裁判所の判断
環境省の通達(騒音振動規制法の施行について)は、測定場所について「測定しやすく、かつ、測定地点を代表すると認められる場所とすること。この場合、法が生活環境の保全を目的としていることから、原則として住居に面する部分において行うものとすること」と規定しているが、これは測定しやすさや代表的地点と認められる場所を測定場所とするに際し、生活環境の保全の目的から、原則として住居に面する部分において行うとするもので、必ずしも測定場所を隣接する敷地との境界線上にしなければならないとするものとはいえない。また本件収音マイクの設置場所はマンション敷地の境界の北端から東に2.5m離れているに過ぎず、北側道路を挟んだ向かい側は駐車場であるがその向こうには他の住居があることが認められ、測定値を表示して近隣者に示すためには道路面が適切であること及び本件マンション以外にも老人ホーム敷地の周辺には住居があることなどからすれば、本件集音マイクの設置場所が上記通達に反して不適切なもので、被告らが意図的に騒音値を低くするために設置場所を操作したとまでいうことはできない。
なお、Aらの各居室は、いずれも本件マンションの東側かつ北側道路側にあり、本件収音マイク及び振動測定器の設置場所に近接した位置にあるから、測定値は実際にAらが受ける騒音に比較的近いという事ができる。騒音減衰状況の計算についても、前提として測定時の騒音源が特定されておらず、杭打ち地点すべてが測定時の騒音源であると言えない上、その計算方法も十分に検証されたものであるとは言えない。本件老人ホームが建築されている間、本件収音マイクの設置場所における音量が80デシベルを超える1時間の時間帯は、5回であり、その測定された数値は最大でも82.9デシベルであり、規制基準の80デシベルを、基準値全体の4%弱を上回るに過ぎないことからすれば、本件工事の騒音が受忍限度を超えるものであると認めることはできないと、請求を棄却しました。

簡易解説
収音マイク及び振動測定器の設置場所などについて争われた裁判です。測定場所は原則としては住居に面する部分において行うものとする事と規定されていますが、必ずという訳ではなく代表地点と認められるところであれば、隣接する敷地との境界線上でなくてもよいという事ですね。また騒音の規制値を超えたからといって直ちに受忍限度を超えるという事ではなく、頻度や時間によっても判断されるという事です。本件では他に日照・眺望の阻害、プライバシーの侵害なども争われましたがいずれも受忍限度を超えるとは言えないと棄却されています。

コラム5

日影規制の対象外である建物によって日照の阻害を受けた場合損害賠償は発生するのか

A氏が所有し居住する建物の南側隣接地にB社が建物を建築したことにより日照が阻害される被害を受けたとして、B社に対して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟がありました。

背景
第一種低層住居専用地域にあるA氏が所有する土地建物の南側に建築されたB社建物によりA氏所有建物の南側主要開口部は、冬至日の午前8時から午後4時までの間、平均地盤から1.5メートルの高さで約7時間もの間日照を阻害され、A氏建物にかかる5メートルライン(隣地境界より5メートル、離れた点を線で結んだもの)を超えた部分については4時間以上の日照阻害は存在しないが,午前9時から午前10時及び午後1時から午後4時にわたって,A氏建物にかかる5メートルラインを超える部分がB社建物によって阻害され続けている。とりわけ,午後2時ないし午後4時までにかけて,建物の大部分にB社が建築した建物の日影が及ぶ時間帯があり,多大な日照損害をもたらしている。また、従前にB社が所有していた建物(以下「旧建物」という。)は、A氏の建物から離れた位置にあり,日照権はほとんど侵害されていなかった。B社は、旧建物とほぼ同位置に建築することによって,A氏の日照侵害を回避することができた。B社は、仮に建築基準法が適用されるとすれば違法となるか否かの限界のところに建てている。あと少しでも南側に建てていれば、仮に適用対象の建物となった場合でも法的な抵触部分がない状態にできたはずである。あと数センチメートルのことであるから,被告らが加害行為を回避することは容易であったと主張。
対するB社は、当該建物は建築基準法の日影規制に違反するものではなく、またA氏の申し入れを受けて、その他の新築建物との配置を考慮しつつ、土地との隣地境界線から最大限南側に離して建築した。また建物の形態・構造は一般的なものでありA氏建物の日照阻害を企図したものではないと主張。

裁判所の判決
冬至時の真太陽時で午前8時から午後4時までの間のほとんどの時間、平均地盤面から1.5メートルの高さにおいて、B社建物による日影がA氏建物の南側の主要開口部にかかる。 この日照阻害の状況は、旧建物が建っていたときよりも大きいものである。もっとも、A氏土地の隣地境界線から5メートルを超え10メートルまでの部分についてみれば、B社建物による日影がかかるのは、午前9時、午前10時、午後1時にわずかにかかるほかは、午後2時以降の2時間程度であって、上記部分の日影時間が4時間を超えるのは、原告土地のうち原告建物の建築されていない部分について4時間15分程度認められるのみである。以上によると、B社建物によってA氏建物の日照が阻害されていることや、その程度は旧建物が建っていたときよりも大きくなったと認められるものの、B社建物は建築基準法等による日影規制の対象外の建物であって、B社の建築について法令に違反する点があるとはいえないこと、B社建物による日影について、仮に日影規制を受けるとした場合には、規制を超える部分があるもののその違反の程度はわずかであること、B社建物は北側の境界から3メートル以上の距離をとって建築されていること、他方、A氏建物の建ぺい率が規 制の50パーセントを超えるものであることや南側の境界との距離が小さいこともA氏建 物の日照阻害の程度が大きくなっていることの原因であることを考慮すると、B社建物建築によるA氏建物の日照阻害が、社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものであるとは認められないとA氏の請求を棄却した。

簡易解説
建築基準法等の法令を守って建てられた建築物による日照の阻害の損害賠償を争った事例ですが、この事例では原告側の建物に違法性がある事、また建てられた建築物が仮に日影規制を受けたとしても違反の度合いが少ないことから請求が棄却されました。今回は原告側に問題がありましたが仮になかったとしても、隣地への配慮をきっちりしており、阻害の程度についても少ないものであったため判決は変わらなかった可能性が高いと言えます。逆をいえば建築物に違法性はなくとも隣地への配慮にかけた建築物である場合は、損害賠償請求を認められる事もあるという事ですね。

コラム6

総合設計制度に基づく規制緩和の取消しを近隣住民が求められるか

Aらが居住するマンションの隣接地でB社が計画したマンション建築をめぐり、建築基準法59条の2に基づく総合設計制度による容積率、斜線規制の緩和により日照などに被害を受けるとして、同許可の取消しを求めて行政事件訴訟法8条に基づく抗告訴訟を提起しました。

背景
用途地域が商業地域に指定されている土地に建てられた13階建てのマンションに住むAらの南西隣接地(用途地域は商業地域)にB社がマンション建築を計画。B社は建築基準法59条の2に基づく総合設計制度による容積率制限、斜線制限の規制緩和の許可申請を行い、C市長は本件建物の高さを44.50m、容積率を707.31%とすることを許可。Aらはこの許可に基づく建築により日照などに影響を受けるとし、同許可の取消しを求めて抗告訴訟を提起した。

裁判所の判断
C市長が行った規制緩和の本件許可処分について、建築基準法59条の2は、一般的に、特定行政庁が計画建築物に対する容積率、斜線制限等を緩和するについては、①その敷地に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上の建物である事、②交通上、安全上、防火上および衛生上支障がなく、かつ、建蔽率・容積率および各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより、市街地の寛容整備改善に資すると認められる事という要件を課している。本件マンション計画は①の要件を充たすものであり、②の要件については「総合的な配慮」など抽象的な文言を含むものであり、その有無の判断は比較的広範な裁量に任されている行為であると解されるところ、C市長は、その具体的な基準として、国土交通省の通達に準拠した実施基準を定めており、その合理性が認められるとした上で、C市長はこれに適合するか否かにより具体的な許否の処分を行っており、本件許可処分もこの実施基準によって行われているのであるから、結局C市長の裁量の範囲内のもので適法であるとし、Aらの主張をすべて排斥した。

簡易解説
総合設計制度の許可をめぐり、近隣住民と行政で争われた裁判です。建築基準法59条の2に基づく総合設計制度は、一定規模以上の公開空地を有する建築物の計画に対し、特定行政庁の許可という行政処分によって、法が一般的に規制している容積率(同52条)や斜線制限(同56条)などを緩和するという特典を与えてこれを奨励し、これによって都市の中に少しでもオープンスペースを確保し、市街地環境の整備改善を図ろうとしている制度です。Aらに程度は異なるものの日照阻害の被害が生ずることは認められたが、Aらの住居および建築計画地が商業地域である点や、C市長の実施基準が明確かつ国土交通省の通達に準拠していることなどからAらの訴えを退けました。

コラム7

関連条例について

大阪市
大阪市建築計画事前公開制度
https://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000011986.html

指導要網
https://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000290988.html

指導要網細目
https://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000290993.html

ワンルーム形式集合建築物に関する指導要網
https://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000200692.html

神戸市
神戸市指定建築物制度について
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/14994/20220801_shiteiken_gaiyo.pdf

神戸市民の住環境等をまもりそだてる条例
https://www1.g-reiki.net/city.kobe/reiki_honbun/k302RG00000812.html

神戸市開発事業の手続き及び基準に関する条例による集合住宅の建築の手引き
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/14305/manual.pdf

神戸市開発事業の手続き及び基準に関する条例施行規則
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/14305/02kaihatsukisoku_2.pdf

京都市
京都市中高層建築物等に係る住環境の保全及び形成に関する条例
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000243/243854/aramashi_H300329.pdf

京都市の建築協定について
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000028575.html

京の景観ガイドライン
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000281/281294/guideline_takasa.pdf